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8・9月

書:米田 莉瑚

 今月は、作家・朝井リョウさんがパーソナリティを務めるラジオ番組の中で、朝井さんが実体験をもとに感じた言葉を紹介します。

 ある時、朝井さんは仕事の一環として、撮りためていたドラマを観なければならない状況になったそうです。限られた時間の中で内容を十分に理解しなければならなかったため、倍速で観ることにしました。作家として、自分の行為に多少の違和感を覚えたものの、結果的には内容も理解でき、時間内に仕事を終えることができたそうです。ところが、後になって自分の行動を振り返ったとき、「再生速度を等倍速で観ていると“鑑賞”しているが、倍速で観た途端、“消費”している感覚になる」と感じたそうです。そして、意識してじっくりとその対象を「観る」ことが、速度によって「作業」に変わってしまうとも語っていました。

 現代は、あらゆる技術が向上し、便利で快適な生活を享受できるようになりました。一方で、時間の進み方が早くなっているようにも感じます。

 例えば、相手との連絡手段一つをとっても、電子メッセージの場合、相手からの返信が少し遅いだけで、イライラしたり、不安になったりすることがあります。ひと昔前の手紙であれば、もう少し「待てた」ように思います。便利になれば、時間にも心にも余裕ができるかと思いきや、時間の流れはどんどん速くなり、余裕を持つどころか、気づかないうちに時間に追われている自分がいます。そして、「待てない」私たちは、いつの間にか、自分が得た限られた情報だけで物事を判断し、自分の考えや好みに合わない情報や、異なる考えを持つ人に対して、不快感や不安を抱くようになっているのではないでしょうか。しかし、この「待てない」という行為は、何も現代人に限ったことではありません。なぜなら、手に入れれば失うことを恐れ、手に入らなければ得ることにとらわれる。どこまでも自分の思いどおりにしたい――それが、私たち人間の本質なのかもしれないからです。

 「倍速で観ること」の是非を問うつもりはありません。ただ、「待てなくなった」自分に気づかされたときには、少し顔を上げて周りを見渡す、そんな心の余裕を持ちたいものです。

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