書:熊谷 清香
皆さんが生まれる少し前に、『世界に一つだけの花』という曲が発表されました。「ナンバーワンにならなくていい、もっともっと特別なオンリーワン」という歌詞は、競争社会の中に生きていた当時の人々にとって「自分は他の誰とも比べる必要がない、特別な存在なんだ」と、胸を打つものがあったのだと想像します。歌詞にあるように花を含め自然のものは、すべて世界に一つだけのものです。自然という意味を広く捉えると、私たち人間も、世界に一つだけです。
あれから二十年以上が経った今、オンリーワンという言葉が曲解され、私たちはどこまでも自分を中心とし、相手を傷つけ、勝ち負けや損得、自分の思い通りになるかどうかということのみに、振り回されているのではないでしょうか。
解剖学者の養老孟子(ようろうたけし)さんは個性を「身体」といいます。遺伝子レベルで形成される身体は唯一無二、まさに個性そのものです。そういう意味で、身体は他の誰とも同じではないからこそ、私たちは他者と比べ優劣をつけ不満をもつことがあります。一方、心は身体と違って唯一無二ではありません。ある程度の共通性があります。例えば、自分の気持ちを相手に伝えた際、「わかるよ」と言ってもらえたり、「それは違うのではないか?」と言われたりするかもしれません。いずれにせよ相手には通じています。ところが、自分の気持ちが相手に伝わってないと、 不安になります。だから私たちは相手に伝わらない自分の気持ち(心)は無意味だということを経験上知っているのです。
つまり、個性とは身体そのものなのに、心にも個性があると思うから、辛く、苦しくなるのです。にもかかわらず自分は人と違うオンリーワンな存在であることを証明しようとします。そして一向に不安も、不満も解消されず、結局空回りに終わるのです。
「人間」という字が示しているように、私たちは関係の中で、互いに支え合いながら生きています。そこには見た目や、すでに身に備わっているものを越えた世界があります。にもかかわらず、そのことが分からないまま迷っています。
一体私たちは、「どうなりゃ満足する」のでしょうか。